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【九森信造】嫌われる勇気:嫌われることで自由になれる

   ↑  2014/05/25 (日)  カテゴリー: 九森信造
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さて、皆さんは本や誰かの言葉に感動して目から鱗、もしくは耳から鱗が落ちた経験はないでしょうか?

私、九森は久しぶりに目から鱗が落ちる本に出会いました。今回は、まとまりがないうえに長い書評となりますが、お付き合いいただければ幸いです。

『嫌われる勇気』

フロイトやユングに並ぶ心理学の権威とされながら、日本では無名に近いアルフレッド・アドラー。彼はトラウマの存在を否定したうえで「すべての悩みは対人関係によるものだ」と断言します。本書はアドラー心理学をベースにした創作対話編です。


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え


フロイトの限界

科学的に考えれば、過去の「原因」が、現在の「結果」をもたらすことになります。フロイトは、感情という「原因」によって、行動という「結果」がもたらされると考えました。

これは、いわゆるトラウマの考え方です。たとえば、いじめられた経験による「不安な気持ち」から「引きこもり」になるといった具合です。

しかし、この考え方を採用すると、人間が感情に支配される生き物だということになります。この点を指摘したのがアドラーです。

感情は手段である

アドラーは、感情と行動の間に「手段」と「目的」の関係を設定します。彼は、感情という「手段」によって、行動という「目的」が達成されると考えました。

たとえば、先ほどの「不安な気持ち」は「引きこもり」になるための手段だといいます。そして、トラウマなど存在しないとまで言ってのけるのです。

アドラーの目的論の根本には、人間は感情に支配されるのではなく、感情を道具としてコントロールできる生き物だという大前提があります。

この目的論を受け入れるには、感情を言い訳にしない勇気が必要になりそうです。

万人に好かれなくてもよい

さらに、本書では「すべての悩みは対人関係によるものだ」といいます。とりわけ「誰かに認められたい」という承認欲求に対しては手厳しく言及しています。

なぜなら、承認欲求には自分の価値観が存在せず、他人の価値観に合わせて生きることが至上命題となるからです。

本書では、相手に居場所を与えてもらう承認欲求ではなく、自分で居場所を作る「共同体感覚」と「貢献感」が重要だとしています。

それを身に着け、実践するためには「万人に好かれなくてもよい」という諦めが必要なのでしょう。

スキルがあればよい

「万人に好かれなくてもよい」と覚悟を決めることは、言い換えれば「特定の人から嫌われてもよい」と割り切ることです。

本書では、そんな「嫌われる勇気」を手に入れることで、自由になれるとしています。しかし、世の中はそんなに甘くはないでしょう。

「嫌われる勇気」と同時に必要なのは、生きていくためのスキルです。

霞を食べて生きる仙人でない限り、人間は日銭を稼いで口を糊していかなければなりません。日銭を稼ぐには生業が必要です。その生業を保障するのがスキルなのです。

そうして「嫌われる勇気」を手に入れた個人の共同体こそが、真の自由を勝ち取るのではないでしょうか。

(記事編集) http://buraihamegane.jp/blog-entry-59.html

2014/05/25 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑↑↑ |