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【エトジュン】『新世紀エヴァンゲリオン』を見る

   ↑  2015/08/01 (土)  カテゴリー: エトジュン
今回は『新世紀エヴァンゲリオン(エヴァ)』を見ることにしよう。

ここでいう『エヴァ』とは、1995年のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』と、1998年の映画『DEATH(TRUE)^2/Air/まごころを、君に』の総称である。

さて、『エヴァ』の世界では、2つの隕石、すなわち「白き月」と「黒き月」が地球に衝突し、前者からアダムが、後者からリリスが生まれた。

さらに、アダムからシトが、リリスからヒトが生まれ、地球には4つの生命体が存在することになった。

時に、西暦2015年。ヒトは「人類補完計画」を発動する。これは、全てのシトを殲滅し、アダム、リリス、ヒトの三位一体によって「神に等しき力」を手に入れる計画である。

まず、ヒトはリリスを「黒き月」(箱根町)に幽閉し、これをアダムと偽った。その目的は、アダムとの接触を図るシトを誘き出し、迎撃することにあった。

したがって、箱根町には「使徒迎撃専用要塞都市」すなわち「第3新東京市」が建設され、国連直属非公開組織「特務機関ネルフ」の本部が設置された。

さらに、ネルフは「汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン(エヴァ)」を建造したが、これはアダムまたはリリスのクローン体にヒトの心を宿した兵器である。

たとえば、エヴァ弐号機は、アダムのクローン体に惣流・キョウコ・ツェッペリン(母)の心を宿した機体であり、そのパイロットとして惣流・アスカ・ラングレー(子)が選ばれている。

また、エヴァ初号機は、リリスのクローン体に碇ユイ(母)の心を宿した機体であり、そのパイロットとして碇シンジ(子)が選ばれている。

ただし、エヴァ零号機は単なるリリスのクローン体であり、そのパイロットとして綾波レイ(ヒトのクローン体にリリスの心を宿した少女)が選ばれている。

なるほど、エヴァに「乗る」ということは、母親または自分の体に「還る」ということであり、言い換えれば「シンクロする」ということなのである。

ちなみに、渚カヲルはヒトのクローン体にアダムの心を宿した少年であり、アダムのクローン体と自由にシンクロすることが出来る。


エヴァンゲリオン


さて、エヴァの実戦投入により、ヒトは全てのシトを殲滅した。このとき、碇ゲンドウ(父)はアダムとの融合を果たしており、アダム、リリス、ヒト(ゲンドウ)の三位一体が成立しようとしていた。

ところが、レイがゲンドウからアダムを奪い、リリスと融合してシンジの元に向かった。ここに、アダム、リリス、ヒト(シンジ)の三位一体が成立し、シンジは「神に等しき力」を手に入れることになった。

ところで、『エヴァ』の世界におけるヒトは、その「心のかたち」によって「人のかたち」に形成された存在である。したがって、シンジ(神)が他人の存在を否定したとき、ヒトは「心のかたち」を失って「人のかたち」を失った。

シンジ「これは……。何もない空間。何もない世界。僕の他には何もない世界。僕がよく分からなくなっていく。自分がなくなっていく感じ。僕という存在が消えていく」
ユ イ「ここには、あなたしかいないからよ」
シンジ「僕しかいないから?」
ユ イ「自分以外の存在がないと、あなたは自分のかたちが分からないから」
シンジ「自分のかたち?」
ミサト「そう。他のヒトのかたちを見ることで、自分のかたちを知っている」
アスカ「他のヒトとの壁を見ることで、自分のかたちをイメージしている」
レ イ「あなたは、他のヒトがいないと自分が見えないの」
シンジ「他のヒトがいるから、自分がいられるんじゃないか。一人は、どこまで行っても一人じゃないか。世界はみんな僕だけだ!」
ミサト「他人との違いを認識することで、自分をかたどっているのね」
レ イ「一番最初の他人は、母親」
アスカ「母親は、あなたとは違う人間なのよ」
シンジ「そう、僕は僕だ。ただ、他のヒトたちが僕の心のかたちを作っているのも確かなんだ!」
ミサト「そうよ。碇シンジ君」
アスカ「やっと分かったの?バカシンジ!」


それでは、シンジが他人の存在を否定したのはなぜだろうか。それは、自分の存在を否定されることに恐怖を感じたからである。

シンジ「でも、みんな僕が嫌いじゃないのかな?」
アスカ「あんたバカァ?あんたが一人でそう思い込んでるだけじゃないの」
シンジ「でも、僕は僕が嫌いなんだ」
レ イ「自分が嫌いな人は、他人を好きに、信頼するように、なれないわ」
シンジ「僕は卑怯で、臆病で、ずるくて、弱虫で」
ミサト「自分が分かれば、優しくできるでしょう」
シンジ「僕は僕が嫌いだ。でも、好きになれるかもしれない。僕はここにいてもいいのかもしれない。そうだ、僕は僕でしかない。僕は僕だ。僕でいたい。僕はここにいたい。僕はここにいてもいいんだ!」


こうして、シンジは自己肯定を獲得し、他人の存在を肯定するようになる。

シンジ「あそこでは、嫌なことしかなかった気がする。だから、きっと逃げ出してもよかったんだ。でも、逃げたところにもいいことはなかった。だって僕がいないもの。誰もいないのと同じだもの」
カヲル「再びATフィールドが、君や他人を傷つけてもいいのかい?」
シンジ「かまわない。でも、僕の心の中にいる君たちは何?」
レ イ「希望なのよ。ヒトは互いに分かり合えるかもしれないということの」
カヲル「好きだ、という言葉とともにね」
シンジ「だけど、それは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を見捨てるんだ。でも、僕はもう一度会いたいと思った。そのときの気持ちは本当だと思うから」


なるほど、『エヴァ』とは、自己不信から他人の存在を否定したシンジが、自己肯定を獲得し、他人の存在を肯定する物語なのである。

ところで、自己肯定を獲得したシンジは、アスカに「気持ち悪い」といわれてしまう。シンジはアスカに否定されたのだろうか。

シンジ(アスカの首を絞める)
アスカ(シンジの頬を撫でる)
シンジ(嗚咽をもらして泣く)
アスカ「気持ち悪い」


なるほど、この「気持ち悪い」もシンジに対する肯定として受け取ることができる。

まず、シンジがアスカの首を絞めたのはなぜか。それは、他人の存在を肯定したものの、やはり自分の存在を否定されることに恐怖を感じたからである。

シンジはアスカの首を絞めることで再び他人の存在を否定するが、アスカはシンジの頬を撫でた。すなわち、アスカはシンジを肯定したのである。

シンジは嗚咽をもらして泣き始めるが、その内面では「でも、みんな僕が嫌いじゃないのかな?」という絶望と「あんたバカァ?あんたが一人でそう思い込んでるだけじゃないの」という希望がせめぎ合っている。

そして「自分が嫌いな人は、他人を好きに、信頼するように、なれないわ」という福音によって「僕はここにいてもいいんだ!」という自己肯定が再び導かれるのである。

それでは、シンジに対して放たれた「気持ち悪い」とは何だろうか。それは「やっと分かったの?バカシンジ!」であり、いわば祝福の言葉なのだ。

そこで「気持ち悪い」のは、自己不信から他人の存在を否定したシンジのことであり、自己肯定を獲得したシンジは肯定されたのだといえるだろう。

(記事編集) http://buraihamegane.jp/blog-entry-85.html

2015/08/01 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑↑↑ |