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【エトジュン】『秒速5センチメートル』を見る

   ↑  2016/08/20 (土)  カテゴリー: エトジュン

「まるで雪みたいじゃない?」


秒速5センチメートルで落ちるサクラの花びらを見て、篠原明里はそう言った。遠野貴樹は「そうかな」と答えた。

「来年も一緒にサクラ見れるといいね」


さて、明里が引っ越すことになったのは、小学校を卒業するときのことである。卒業式で「さよならだね」という明里に貴樹は「さよなら」と答えることが出来なかった。

「明里からの最初の手紙が届いたのは、それから半年後。中1の夏だった」


そうして、ふたりは手紙のやりとりを始め、その半年後には貴樹が引っ越すことになった。貴樹は、本当に会えなくなる前に明里に会いに行くことにした。

「約束の今日まで2週間かけて、僕は明里に渡すための手紙を書いた。明里に伝えなければいけないこと、聞いて欲しいことが、本当に僕にはたくさんあった」


ところで、貴樹が暮らす世田谷から明里が暮らす岩舟町まで、在来線を乗り継いで3時間程度の距離である。この日は雪のため電車が遅れることになった。

電車を乗り換えるとき、貴樹は明里への手紙を失くした。落としたところを風に飛ばされたのである。それでも貴樹は明里の待つ駅に向かうしかなかった。

そうして、貴樹が岩舟駅に着いたのは、約束の時間から4時間後のことである。中学生になった明里は、手作りのお弁当を持って貴樹のことを待っていた。

ふたりは、いつか明里が手紙に書いた大きなサクラの木を見に行くことにした。「まるで雪みたいじゃない?」という明里に貴樹は「そうだね」と答えた。

完璧な瞬間だった。

「明里への手紙を失くしてしまったことを僕は明里に言わなかった。あのキスの前と後とでは世界の何もかもが変わってしまったような気がしたからだ」


ところで、明里の方でも貴樹に渡すための手紙を書いていた。そして、それを渡すことが出来なかった。あの完璧な瞬間に世界の何もかもが変わってしまったからである。

そうして「貴樹くんはきっとこの先も大丈夫だと思う、絶対」という明里に貴樹は「ありがとう」と答えた。ふたりは「さよなら」を言わずに別れてしまった。


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さて、ふたりが渡せなかった手紙には何が書いてあったのだろうか。筆者の考えでは「さよなら」である。ふたりは、完璧な瞬間によって「さよなら」を言えなくなったのではないだろうか。

そして、貴樹が引っ越したことによって、ふたりは本当に会えなくなってしまった。貴樹は「記憶に足をとられて次の場所を選べない」まま大人になった。

「この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど脅迫的とも言えるようなその思いが、どこから湧いてくるのかも分からずに、僕はただ働き続け、気づけば日々弾力を失っていく心がひたすら辛かった」


一方で、明里は貴樹に渡せなかった手紙をどこかにしまったまま大人になった。明里が貴樹のことを思い出したのは、結婚式を控えた冬の日のことである。

それでは、貴樹が前に進めず、明里が前に進めたのはなぜだろうか。ここでは、福田恆存『人間・この劇的なるもの』(新潮文庫)を参照しよう。

「愛は自然にまかせて内側から生れてくるものではない。ただそれだけではない。愛もまた創造である。意識して作られるものである。女はそうおもう。自分はいつでもそうしてきた。だが、男にはそれがわからない。かれは自然にまかせ、自然のうちに埋没している。愛はみずから自分を完成するものだ、そうおもっている」


なるほど、女の愛は「創造」であり、男の愛は「現象」である。ところで、貴樹が前に進めず、明里が前に進めたのは、貴樹の愛が現象であり、明里の愛が創造だからではないだろうか。

貴樹は、届かないもの(完璧な瞬間に現象した愛)に手を触れようとして、前に進めなくなったのではないだろうか。

(記事編集) http://buraihamegane.jp/blog-entry-100.html

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