無頼派メガネネットには教養を、リアルには感動を。あなたのリアルを書き換えるブロマガ、無頼派メガネをお届けします。 

【エトジュン】『風立ちぬ』(メガネ男子の話)

   ↑  2013/07/27 (土)  カテゴリー: エトジュン
今回は、映画『風立ちぬ』の内容には触れずに、それを「見る/語る」ための着眼点を紹介しよう。


kazetatinu.png


まず、私たちは「リアルであること」と「リアリティがあること」を分けて考えなければならない。

前者は「現実的であること」、つまり現実の写し絵であることを意味し、後者は「現実感があること」、つまり現実のことのように説得力があることを意味している。

映画に求められるのは「リアリティがあること」だが、私たちは「リアル」を手掛かりに「リアリティ」を感じるため、多くの場合は「リアルであること」が求められる。

さて、映画の登場人物における「リアリティ」は、その外見が内面を表すことで成立している。太ったキャラクターは、だいたい食いしん坊である。

では、映画『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎の外見(メガネ男子)は、どのような内面を表しているのだろうか。

ここでは「メガネ男子論」における先行研究を参照しよう。

「眼鏡の内に他人が容易に触れることのできないもうひとつの世界を抱えている、それがメガネ男子だ。眼鏡は彼らの深奥なる内面世界の存在を示唆すると同時に、それを外界から隔てる開かずの扉だ。」

夏休み集中連載:「メガネ男子」その1・メガネという枠 - ITmedia ニュース


なるほど、この分析に当てはまるキャラクターは多い。たとえば、名探偵のコナンくんが挙げられるだろう。

ところで、コナンくんのメガネは白く光る。これを「レンズ効果」という。

「ここでの眼鏡は『心の窓』とも呼ばれる目を覆い、表情を隠し、メガネ男子の本質である(と見なされている)彼らの内面世界がわれわれからいかに遠いものであるかを印象づける。」

夏休み集中連載:「メガネ男子」その3・レンズ効果 - ITmedia ニュース


もちろん「レンズ効果」は「リアル」ではあり得ない。ところが、私たちは「リアリティ」を感じている。なぜなら、キャラクターの外見(不透明)が内面(不明)を表しているように見えるからだ。

「普段は存在を意識させない透明なレンズが、あるとき彼我を決定的に隔てる壁として立ち現れ、背筋をぞくりと冷たいものが這う。そして眼鏡こそが、そうした彼らの本質を覆い隠しているようにも思えてくる。」

夏休み集中連載:「メガネ男子」その3・レンズ効果 - ITmedia ニュース


筆者が着目したいのは「壁としてのレンズ」という概念(着眼点)である。映画『風立ちぬ』には「レンズ効果」そのものは描かれないが、そこにレンズがあることを強調する演出がなされている。

それでは、堀越二郎の外見はどのような内面を表しているのだろうか。映画『風立ちぬ』は、メガネに着目して「見る/語る」べき作品である。

(記事編集) http://buraihamegane.jp/blog-entry-26.html

2013/07/27 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑↑↑ |

コメントを投稿する
記事:【エトジュン】『風立ちぬ』(メガネ男子の話)

お気軽にコメントをどうぞ。非公開(管理人のみ閲覧可能なコメント)にしたい場合は、ロックにチェックを入れてください。

  任意:後から修正や削除ができます。
  非公開コメントとして投稿する。(管理人のみ閲覧可能)