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【エトジュン】『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』第40話

   ↑  2013/07/13 (土)  カテゴリー: エトジュン
『おジャ魔女どれみ』シリーズ第4作『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』より、第40話「どれみと魔女をやめた魔女」を紹介しよう。


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物語は、下校途中にある4本の分かれ道からはじまる。ひとつは藤原はづき(はづきちゃん)と瀬川おんぷ(おんぷちゃん)が帰る道、ひとつは妹尾あいこ(あいちゃん)と飛鳥ももこ(ももちゃん)が帰る道、ひとつは「MAHO堂」へと続く道、ひとつは「MAHO堂」への回り道である。

ある日、ひとりになった春風どれみ(主人公)は4本目の道を行くことにする。そして、ミライさん(魔女をやめた魔女)のガラス工房にたどりつく。

【ミライさんの発言】

「ガラスってね、冷えて固まっているように見えて本当はゆっくり動いているのよ。[…]ただし何年も何百年も何千年もかけて少しずつ、ゆっくりと。あんまりゆっくりなんで人間の目には止まっているようにしか見えないだけ。でも何千年も生きる魔女はガラスが動いているのを見ることが出来る。いずれ私もそれを見る」


ガラスは「人間の目には止まっているようにしか見えない」のである。

【ミライさんの発言】

「私ここを引っ越すの。ヴェネチアの知り合いがね、こっちに来て勉強してみないかって言ってきてくれたの。彼もうすぐ90なんだけど、彼にガラスを教えたの、実は私なんだ。[…]彼はいま私のことを昔好きになった人の娘や孫だと信じてる。だから私も彼が昔好きだった人の娘や孫を演じ続ける。魔女にはこんな生き方もあるのよ。分かる?」


なるほど、魔女は「人間の目には止まっているようにしか見えない」のである。

ところで、どれみはちょうど将来について悩んでいた。

【どれみの発言】

「あたしも何か得意なものがあればなあって。[…]あたしだけ、どうしていいか分からなくて。何にも見えなくて」


ミライさんは「魔女になること(人間ではなくなること)」を誘う。

【ミライさんの発言】

「あなたは人間でまだ魔女見習い。魔女の世界を知っているようで実はガラス越しにしか見ていないようなもの。でも、もしその先を見てみたいなら、ヴェネチア、私と一緒に来る?どれみ、私と一緒に来る?」


そうして、どれみはある決断を下すことになる。

本作は「魔女になること(人間ではなくなること)」に向き合う話なのだ。

さて、筆者が着目したいのは、どれみたちが国語の授業で梶井基次郎の小説『檸檬』を読んでいたことである。

【先生の音読】

「『あ、そうだそうだ』そのとき私は袂の中の檸檬を憶い出した」


参考までに『檸檬』の一節を読んでみよう。

「一体私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。」


「絵具を固めたような色」をした檸檬の時間は止まっているように見える。筆者の考えでは「どれみ」におけるガラスは『檸檬』における檸檬である。

ところで、魔女のメタファーとしてガラスを用いている本作では、映像の面でもガラスの表現が充実している。その演出を手掛けたのは、巨匠・細田守である。

「どれみと魔女をやめた魔女」は、シリーズの最高傑作だといえるだろう。

(記事編集) http://buraihamegane.jp/blog-entry-6.html

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