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【九森信造】マイケル・ジョーダンが神になった日:悪童たちの美学

   ↑  2014/06/15 (日)  カテゴリー: 九森信造
近年の流行りか、人を褒める際に「○○神」や「神○○」といったように、神という言葉を連発する表現をよく目にします。

八百万の「カミ」という世界観をもつ日本ならではの表現かもしれません。

ところで、特定の分野では「神」と評価されていても、他の業界や一般的な知名度は低いことがしばしば見受けられます。

しかし、万人から「神」と呼ばれる条件をクリアし、アメリカのスポーツに過ぎなかったバスケットボールの人気を世界レベルにまで引き上げ、サブカルチャーに影響を与えた人物がいました。マイケル・ジョーダンです。


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ジョーダンの神っぷり

ジョーダンが神と呼ばれる所以を簡単にお伝えしましょう。

・NBA3連覇を2度達成している
・1度目の3連覇のあと、引退してメジャーリーグに挑戦
・メジャーをあきらめて、NBAに復帰し、2度目の3連覇
・ちなみに、これまで3連覇を達成したのは3チームだけ

もちろん、バスケットボールは1人でするものではありませんが、ジョーダンがいなければ、シカゴ・ブルズの躍進もなかったでしょう。

しかし、ジョーダンはNBAデビュー当時から神だったわけではありません。

神話においては、試練を乗り越え、ようやく「神」と名乗る資格を得ることができます。ジョーダンもさまざまな試練を乗り越えてきました。

そして、彼が神になった日、それは同時に苦難を与え続けてきた悪童たち、バッドボーイズの終わりの日でもありました。

1991年5月27日

イースタンカンファレンス・ファイナルの第4戦。デトロイト・ピストンズはそれまで2連覇を達成しており、史上2チーム目の3連覇をかけた大事なシリーズでした。

対戦相手は、マイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズ。

当時のデトロイト・ピストンズは「バッドボーイズ」と呼ばれ、そのプレイスタイルは必要以上に乱暴で、場合によっては汚い手段も使っていました。ある意味では、リーグを代表するヒール(悪役)だったのです。

「バッドボーイズ」は、頭角を現し始めたジョーダンに対して、特別なディフェンスを仕掛けます。

ゴール前に切り込んできたジョーダンに対して、2人、3人、場合によっては4人がかりになって、しかもファールもためらわずに止める戦法を作り上げました。名づけて「ジョーダン・ルール」です。


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「ジョーダン・ルール」の皮肉

「バッドボーイズ」には、ブルズを抑えるにはジョーダンを抑えればよいという考えがありました。しかし、この考えには落とし穴が2つあります。

1つ目は、シカゴ・ブルズのチームレベルの上昇を考えていなかったこと。実際、フィルジャクソンをコーチに迎え、トライアングル・オフェンスを導入して以降、メキメキとレベルを上げていきました。

2つ目は「バッドボーイズ」自体がいずれは衰えていくということ。残酷にも、人間は年を取り、何らかの衰えが発生します。

「バッドボーイズ」の全盛期が80年代中頃から後半なのに対して、ジョーダンがデビューしたのは1984年。いずれは取って代わられる運命だったのです。

そしてそのときが、1991年5月27日でした。

自ら幕を閉じた悪童たち

再び、イースタンカンファレンス・ファイナルの第4戦。デトロイト・ピストンズは、ジョーダン率いるシカゴ・ブルズと対戦しました。

しかし、これまでの「ジョーダン・ルール」では全く歯が立たない。

4戦先勝した方が先に進めるシリーズにおいて、デトロイト・ピストンズは3連敗。今日負ければ、屈辱のスウィープ(1勝もできずにシリーズを終えること)でした。

第4戦も残り10秒を切ったところ、デトロイト・ピストンズはタイムアウトを取ります。20点近い点差をつけられ、もはや試合は決まったも同然でした。

すると「バッドボーイズ」はジャージを着用し、そのまま控え室へ戻ってしまいます。試合は続行不可能となり、結果はシカゴ・ブルズの勝利となりました。

スポーツマンシップを尊重すれば、彼らの行為は許されないものかもしれません。しかし、私の見方は少し違います。

悪童たちが貫いた美学

組織や業界の中では、時代が進むにつれて世代交代がつきものです。忘れてはいけないのは、時代には必ず終わりが来るということです。

新世代に対して「壁」として立ちはだかりながらも、その役割を終えたときには自ら幕を閉じる。1つの「美学」としては十分に成り立ちうるし、理解できるものだと私は考えています。

当時のデトロイト・ピストンズのファンたちは、タイムアウト中に控え室へ戻っていく選手たちにハイタッチを求め、送り出していきました。

ある意味では、ジョーダンという「神」に最大の試練を与え続けた「バッドボーイズ」へのお疲れ様の意味合いがあったのでしょう。

英雄やヒーローの影にはいつでも悲劇があります。悪童たちは美学を貫きながら、その大仕事をやり遂げた稀有な存在だったのではないでしょうか。

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(記事編集) http://buraihamegane.jp/blog-entry-60.html

2014/06/15 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑↑↑ |

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